谷中・根津・千駄木

3社の不動産から携帯に物件情報が届く
完全に目を通してる訳ではないが家賃や場所をかなりチェックしている
その中に千駄木の物件情報があった
御茶ノ水店移転もしくは3店舗目?に神楽坂が良いなあと思っていたが
千駄木は代々木上原をやる前からか?2店舗目、3店舗目として物件を探していた時期もあった
スタッフの7,8割ぐらいが谷中、根津、千駄木に暮らしていたのもある
よみせ通りに貸店舗が出てないかよく通りを歩いていたのを今更ながらに思い出す
20数年前、谷中に「つづら堂」というお茶を売る雑貨屋がOPENした
谷中の街にあった可愛いお店だったが繁盛していたわけではない
店を開いた女性と同じアパートの2,3階の住人
仲良くなって行くうちに店を閉じてGAIAで働かないかと誘っていた
店主中澤純その後GAIAは退社したけど取引先のロゴナジャパンで頑張っている
今回株を手放す人がいるので第三者割当で彼女に株主にならないか声をかけようと思っている
それぐらい初期の大事なメンバーだった

小雨の中でも繁盛してたおにぎりや






あの頃からすると不忍通り沿いの個人店、路地裏にあるお店の数が半端なく増えている
小一時間しか歩いてないが面白い、御茶ノ水に欠けている部分に思う

磨きのかかった品揃えで本好きを魅了する街の本屋の代表格「往来堂書店」の道を挟んで斜め前あたりにある物件



目当ての物件3,4件隣も空いていた
眺めていたら不動産屋が通って内件できた
こちらはスケルトンお金がかかる
目当ての物件は図面にトイレがついていたので床や天井も大丈夫だろう
初期投資が全く違う
小雨降る土曜日、人通りもまあまあだ
代々木上原店とほぼ同じ広さと家賃も何か縁がある
千駄木GAIAをOPENさせたい気持ちが盛りあがってきました
大学を卒業してアルバイトで働いていたGAIAに1年間だけ働かしてくださいと頼んで働いた末、3,4年後には社長にならざるをえなかった
2、3年目で累積赤字が4000万円に膨らんでいた事は脳裏に焼きついている
大学卒業と同時に一人暮らし最初に住んだのが今回の物件のすぐ近く千駄木2丁目
まだアパートが残ってた

風呂無し、トイレ共同26000円だったかな
それから谷中で4箇所計8年ぐらい暮らした

根津「芋甚」よく最中アイス食べた
芋甚がある通りが大好きだった

ここにも当時のGAIAスタッフが住んでいた
今は仕入先のタネ屋「光郷成 畑懐」
中村悟と竹ノ内美紀2人とも楽しくGAIAで働いていてカップルになって一気に2人辞めたのは辛かった

根津神社もすぐそば、目の前に良い感じのパン屋もあった
人気のたい焼き屋、高級魚屋も同じ不忍通り沿いですぐ近く
月曜日か火曜日に内件してきます
物件はインスピレーション
後1ヶ月もしない内に御茶ノ水店OPEN25周年を迎えます
1992年11月16日一番最初に来てくれたお客さんを鮮明に覚えています
四半世紀も御茶ノ水で営業できることに感謝です
11月13~19日は25周年SALE1週間やります

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